小さくても新しいことをやる意味

雑記
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チリ南部に滞在し始めて2ヶ月がたった。連日の雨。束の間、太陽が顔を見せると、街は一気に輝き出す。雨季だからこその輝きに心も晴れやかになることもあったが、最近はそれすら飽きてしまった。とはいえ、まだこの街でしなければいけないことがある。そんな時には、小さなことでもいいから新しいことをやりまくるのがいい。

7月20日、朝は息が白くなるほど部屋が寒かった。雨もしっかりと降っている。前日は知り合いのフーリオがこっちに来ると言っていたので、久しぶりに会うことになっていたが、この調子じゃ来ないだろうと思っていた。WhatsAppで「今日は来ないよね?」とメッセージを送る。「そうだね。でもこっちにおいでよ」と返信が来た。このクソ寒いのに、バスで1時間の港町まで行く気がしない。それでも、ベッドの掛け布団を直してフーリオに向かう旨をボイスメッセージで伝え、意を決して外に出た。ついでに思い切って新しい宿の予約も入れた。

途中「スマホの電源が切れて、どこで待ち合わせればいいか分からなかった」という言い訳をして、始まったばかりの映画「ライオンキング」でも観に行こうかと思ったけれど、なんとか港町・カルブコにやってきた。1400チリペソ(約200円)を運転手に手渡すと、こっちに向かって手を振っているフーリオが車窓から見えた。

聞けば、今日はフーリオの誕生日パーティーらしい。といっても、集まったのは男三人。肉や魚介、ビールやワインを買い込み、フーリオが借りている家にタクシーで向かった。

フーリオが借りている「家」というものが想像できなかった。なぜかといえば、ぼくが知っているフーリオはアル中でバツ2、さらにバス代を道ゆく人々にせびるような人間なのだ。以前の仕事は、サーモンにワクチンを打つ仕事を出稼ぎ労働、今は魚粉・魚油工場の期間工。出稼ぎ労働者は多くの場合、下宿しながら仕事をしている。アル中のフーリオがどんな一軒家を借りているのか、楽しみになってきた。

到着したのは、家という余地は小屋だった。異様に寒い。年期の入ったクッキングストーブに、果物を梱包する木枠を壊して放り込み火を焚き、ポークステーキを焼き始めた。玉ねぎとにんにくも一緒に調理。蓋はダンボール。小屋内にあるもので、真新しいものは何一つなく、あらゆるものには汚れや傷がついている。フーリオは、木枠の破片を床から広い、食事用のナイフで木製のスプーンを作り始めた。アルコールが効いていたのか、ここ数日で一番心地よい時間だった。新しい音楽と、新しい友人、新しい体験。バスの路線がいつもと違うだけで、立ち現れる出来事は、結構違ってくるものだ。

21日は、昼頃に宿を出た。いい関係を築けた宿だったけれど、互いの存在になれると良くも悪くも遠慮がなくなる。客を変えてみるには、いい頃合いだった。宿で仲良くなったみんなにさらっと挨拶を済ませて、「またね」と言って宿を出た。ときが来たら、また戻ってこよう。

新しい宿は、前の宿とほとんど料金は同じだが、やたらと設備が整った良宿だった。オーシャンビューで、洗濯機やキッチンも全て使えて、ビリヤードまで楽しめる。犬が一頭と家猫が3匹。宿主のエンリケはいきなりワインを手渡してきて、すっかり打ち解けたぼくらは、宿主の息子が熱中しているという空手の試合を一緒に観に行くことにした。

車で体育館へ(完全に飲酒運転)。会場では「礼!」「始め!」といった日本語が飛び交い、10代の学生たちが日本の空手に取り組んでいた。ジャージには「KARADEDO(空手道)」の文字。観戦者は声を張り上げて応援した。エンリケの息子・トーマスは、2年前から空手を練習しているらしい。審判の挙動を見ても加点のされ方は全く分からなかったが、目の前のチリ人たちがそれを理解して空手に打ち込んでいる現実が不思議で、その奇妙さを心地よく感じた。

試合後、みんなで車に乗り込み宿に戻る。サーモンをホイル焼きにして晩飯にした。エンリケの奥さん・カティは、口数は多くないけれど人あたりがいい。息子たちは、多国籍な宿泊客と触れ合ってきたからか、人見知りしない。こちらが何を言ったわけでもないのに、「中国では、あ、日本では」と言い直す子供は珍しい。この宿にも、しばらく滞在することになりそうだ。

明日は月曜日。インタビューやら、サーモン養殖の視察やらで予定はほぼいっぱい。きっと新しい発見があるに違いない。

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