一点に縛られて、自由になる

南米旅行
この記事は約2分で読めます。

今滞在しているコジャイケという街には、ランドマークがある。「Cerro El Divisadero」と呼ばれている。

岩壁を伴った丘なので、ぱっとみた感じは「巨大な岩」

街で迷ったとしても、すぐに見つけられる。

ある意味、この丘が街での自由行動を許している。Googleマップを確認しようと、スマホ画面に両目を奪われることもない。だから、ランドマークは好きだ。

ランドマークは、精神や交友関係でもあったほうがいいと思う。なんでこんなことをいいだしたのかといえば、とあるノーベル賞受賞者の言葉を思いだしたから。

その受賞者は、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士。首相官邸のウエブサイトに掲載されているインタビュー「オートファジー研究が開く医学の新境地」の中で語っている。

「それは非常に感動的な光景で、何時間でも見続けていられた。この時点ではまだこれが何を意味するのかはわかっていなかったが、非常に重要な発見だという確信はあった。この時の感動が、私にとってはなかなか研究対象の正体が見えず心が折れそうになった時に立ち返るべき“原点”となっている

「立ち返るべき原点があると、人は強い」。強いことは、自由ということでもある。ぼくは大隅さんみたいに立派な賞をもらえるような人間ではないけれど、すごく共感する。やり切った体験とか強烈な感動とかを、辛い時に思い出したことはある。交友関係だったら「あいつなら分かってくれているはず」という友人と迷走中に会うことで、自分を取り戻せたりする。

でも最近は、メンタルランドマークとでもいえる、原点を見失っている気がする。体験や感動には、その大きさによって異なる賞味期限があるらしい。自己評価が高かった経験を「実は大したことなかったな」と感じることは、ままある。

あるいは、いる場所が間違っている可能性も考えられる。コジャイケ以外の場所で岩丘を探しても、当然見つかりはしない。いずれにしても、立ち返る場所を見失うと、一気に不安になる。身動きが取りにくくなり、不自由になる。コジャイケの巨大な岩も、夜は見えない。

どうしたらいいだろう。例えば、未来にランドマークを置いてみることもできる。「こうなりたい」「これがしたい」と。ただそれもやっぱり、何か「原点」と呼べるようなものに繋がっているような気がする。

よくわからないな。今は夜だから、コジャイケの岩丘も見えない。明日になったら、きっとまた見えているはず。とりあえず寝て、また明日考えよう。

さてと、歯磨くか。(チリ時間:23:46)

コメント

タイトルとURLをコピーしました