極夜行/著者:角幡唯介氏

この記事は約2分で読めます。

だいぶ前だけれど、探検家でノンフィクション作家の角幡唯介さんの「極夜行」を読んだ。角幡さんの本には、いつからか脱システムという言葉が頻出するようになった。いつからかは、ちょっと覚えてないけれど。このワードは、著者自信が独自の思考で生み出した言葉だけあって、非常に定義に重みがある。誤解を恐れず簡単にいえば、既存の枠組みから脱することが探検的であり、それが脱システム。この脱システムというのは、探検だけでなく私のような元サラリーマンにも参考になる視点だと思う。角幡さんの本はどれも読み応えがあるけれど、特にこの一冊はお薦め。

角幡さんは、行為が脱システムであることを前提として、探検を繰り返してきた。衛星電話やGPSを使わないのは、現代社会がテクノロジーを基盤としたシステムの管理下で成り立っており、その外側に足を踏み出すことが必須だからだ。その定義からいえば、テクノロジーを駆使しながら地理的な空白を踏査したり、未登頂の山や、冒険界における記録をマークしたりすることは探検的ではなく、どちらかと言えばスポーツの範疇に入る。

それがどうして、個人の生活にも応用できる観点か。ここはらは自分なりの考え。

記者時代には、いろいろな経営者を取材した。エネルギーを感じる人、そうでない人。熱だけはあるけど、熱で何かを隠そうとしている人、さまざまな人に話を聞いた。その中で、魅力や未来の成長を感じさせる人は、沈み込みかたが半端ではない。うつを乗り越えた人や、年間休日を180日にしたら社員に給料が払えなくなった社長。みな、それを面白おかしく語っていた。

角幡さんは、脱システムにより現代の問題を浮かび上がらせ、新たな経験知を獲得し、またシステム下に戻ってくる。死に近い経験をすることで、生に輪郭をなぞっている。

死線をくぐり抜けた経営者には、同じく死線をくぐり抜けた角幡さん、あるいはその作品のように、新しい地平を見せてくれるように感じる。何でもいいので、脱システムしてみよう、そう思わせてくれる。暮らしを取り巻くシステムは、テクノロジーだけでなく、制度だったり、考え方だったり、いろいろあるはずだ。

脱システムをバネにして、新しい知と推進力を手にしたい。

角幡さんの著書

   

コメント

タイトルとURLをコピーしました